”耳”なのではない、しかも”身体で聴く”という”聴く”わけでもない。

人にならうということについて。

高橋悠治氏の『きっかけの音楽』に

「ならう とは文字どおり師に倣うこと
はじめから速いものは速く おそいものはおそく 」

とある。

武道の本や古代中国の漢文には「師にならう」ことについて「師の欲求するところのものを希求する」という話がよく出てくる。西洋思想においてもそのような視点はレヴィナスやラカンといった思想家が言及していると本で読んだ。当然ユダヤ教とも関係があるだろうし『旧約聖書』にもそうした話は出てくる。”倣う”ということもまた実は秘技なのだろう。

三味線の演奏時に調子を外してしまった時に素人は手の位置を見るが、名人はどこかを見るわけではなく背筋を伸ばすという旨の文章を他の本で読んだことがある。
少しここから跳躍するがピアノのレッスン時に「自分の出した音をよく聴くように」と指導されるが、「耳で聴く」という表現ではおそらく全てを言い表せないのだろう。自分の演奏に注意していると部分を見てしまいがちだ。「姿勢を正す」ということはまさに秘技であり巻物に書いてある奥義の第一歩なのかもしれない。
「耳で聴いた」から反応として名人は「姿勢を正した」ということも言えるかと思うが、さらに言うとおそらく耳に届く前に姿勢に違和感を覚えるのであろう。あるいは同時か。

”耳”なのではない、しかも”身体で聴く”という”聴く”わけでもない。

そしてこの”解釈”自体が不遜であるとも言える。

古典は奥が深い。

『きっかけの音楽』高橋悠治 2008 みすず書房

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身体と音楽

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